レディエッセで失明? プチ整形の落とし穴

2014年6月3日付の、台湾の三立新聞ニュースによると、レディエッセでのプチ整形で、失明事故が発生したようだ。原因は、血管塞栓であるとのこと。


患者さんは、鼻のプチ整形を希望し、レディエッセを鼻根から鼻屋の部分に注入処置を受けた。すると、右目が見えなくなっていたというものだ。そして、反対側の左目も、視力が低下したという。
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現地の医師のコメントとして、原因は血管内へのレディエッセの注入だという。いわゆる、血管内(動脈内)誤注入による、動脈塞栓症というものだ。この塞栓症は、何も鼻のプチ整形に独特のものではなく、他の部分でも、否、どこの部分でも発生する可能性がある。実際に、本邦でも最近、ホウレイ線へのヒアルロン酸注入で、小鼻(鼻翼)が壊死に陥った症例が週刊誌ネタになった。また、注入物もレディエッセに限定されるわけではなく、ヒアルロン酸やコラーゲン、さらに自家脂肪組織であっても、その可能性は存在する。実際に、この動脈塞栓症の論文における報告は、世界的に見れば、注入用コラーゲンが世に出て普及し始めた約25年前から存在し、近年ではヒアルロン酸による動脈塞栓症が、やはり問題として取り上げられるようになった。失明の報告も、注入部位は鼻よりも上の部分において、様々な部位への注入で報告されている。さらに、動脈塞栓症の症状としては、失明以外にも、脳梗塞や顔面の皮膚の壊死などがある。この、プチ整形における美容系注入物による動脈塞栓症と言うのは、その頻度が非常に低く、これまでの報告数とプチ整形の行われている数からすれば、交通事故の死亡事故に遭遇してしまう確率より低いものと考えられる。
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しかし、鼻への注入によって、なぜ、目に障害が来るのかと言うのが疑問に感じるかもしれない。それは、鼻のプチ整形後の失明については、この部分の血管走行の特殊性に起因するところが大きいためである。鼻の血管は主に、眉間に近い鼻根の部分は、内眼角動脈という、目頭付近を走行する動脈から枝分かれしている。そして、鼻の下のほうに近い鼻屋の部分の血管は、鼻中隔動脈と言って、鼻中隔に沿って上昇し、鼻骨と外側鼻軟骨の間部近で骨格を通り抜け、皮下に達する動脈から枝分かれして、鼻背動脈となっている。もちろん、これらの血管(動脈)は、お互いにそれぞれを補い合うと同時に、網の目のように張り巡らされているため、どちらかが閉塞しても、鼻が壊死に陥って落ちてしまうことはない。しかも鼻には他に、頬の前方を走っている顔面動脈からの血流もあるため、鼻の中心部の壊死は非常に発生しにくい構造となっている。したがって、鼻の血管が1本閉塞しただけでは、鼻には症状が出ないのである。しかし、これらの外眼角動脈と鼻中隔動脈は、どちらも前篩骨動脈と言う、顔面の奥深いところを走っている動脈の枝なのだ。そしてさらに、この前篩骨動脈は、眼動脈から枝分かれしている。眼動脈は、網膜中心動脈の根元の動脈と言っていい。つまりこの場合、鼻の動脈を逆流したレディエッセが、前篩骨動脈をさらに逆流し、眼動脈と網膜中心動脈の分岐部よりも中枢側に到達した。そして、網膜中心動脈がレディエッセによって閉塞して、眼球の網膜は解剖学的に、網膜中心動脈以外からの血流が存在しないので、失明したと考えられる。
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この場合、左目の視力も低下したということだが、これは、交感性眼炎という病態の発症で説明できる。交感性眼炎とは、一方の眼球に炎症が発生すると、反対側の眼球に何ら問題がなくとも、そちらにも炎症が発生するというものだ。網膜中心動脈の閉塞によって、右目の網膜細胞の壊死に陥るのが開始されると、そこに炎症が発生し、反対の眼球にも波及したと考えられる。
では、このような、医師・患者双方にとって大変不幸な合併症を、できるだけ防止するにはどのようにすればいいかということになる。そこで、国内外にわたって様々な論文文献を拾い上げ、考察した結果、以下の結論を得た。
1)皮下への注入に際しては、先が尖った針の使用はなるべく避ける。
最近は、注入用の細いカニューレが発売されているので、これを使用するのもいいかもしれない。
2)注入に際しては、ゆっくりと注入する。
一気に注入すると、どうしても注射器を高圧で押すことになり、動脈内に針先が刺入されている場合、血圧以上の注入圧が加わり、逆流の原因になりやすい。また後述の、膨らみの観察に関しても、不利な状況になる。
3)注入に際しては、その進行とともに局所のふくらみを観察する。
局所が徐々に膨らむことが観察できれば、血管内への注入は否定できる。
4)注入は、針先を後退させながら行う。
針先を後退させることで、注入するモノの圧力を弱める作用があり、血圧に対して、注入圧を低くする作用を持つ。また、注入中に針先が血管内に侵入するのを防止できる。
5)針を刺入したら、必ず一度、注射器の内筒を引いて、血液の逆流がないのを確認する。
血管内に針先が入っていれば、血液が逆流してくる。特に動脈の場合には、血圧が高いので明らかである。
勿論、以上の5点さえ守れば、絶対に動脈塞栓症を発症しないということはできない。例えば、カニューレを使用しても、血管内に先端が入ることもあるし、ゆっくりと注入して、局所のふくらみを確認できても、それが注入物の一部によるもので、その他が動脈内に入っていることもある。さらに、針先を後退させながら注入しても、途中が動脈を貫いている場合には、やはり動脈内への注入が発生する。一度注射器の内筒を退いても、その陰圧で動脈がつぶされていれば、血液の逆流はないだろう。しかし、発生率は低下させることができると思われる。当院でのプチ整形・脂肪注入マニュアルには、以上の5点は明記してある。