脂肪注入豊胸についての論文

先日、Aesthetic surgery journalの最新号が届きました。このAesthetic surgery journalは、美容外科の専門誌としては長い歴史を持ち、2カ月に1回、定期的に発行されています。私も、以前にDST法をこのJournalに発表し、その余波として、たくさんの海外からのドクターが、当院に勉強に来ます。また、各国の美容外科学会(形成外科系)の、英文オフィシャルジャーナルになっています。
その中で、日本医科大学形成外科の百束教授のグループが発表した、脂肪注入豊胸についての総括論文の内容が、これから脂肪注入豊胸術を受けようとしている患者さんの参考にもなる内容なので、数回に分けて、ご紹介していこうと思います。
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まず、この論文では、脂肪注入豊胸の、ミゼラブルな歴史について触れています。内容としては、以下の通りです。
特に、1980年代の脂肪注入については、1か所から同じ場所に、一気に脂肪を押し込むものでしたから、石灰化や大きなしこりの形成が多発していました。
1987年から2005年までは、アメリカ形成外科学会は、脂肪注入による豊胸術を、「行うべきではない」という声明を出し続けました。それは、石灰化やしこりが、乳がんの発見に対して悪影響を及ぼすという見解からでした。
2007年には、アメリカ形成外科学会とアメリカ美容形成外科学会は、やはり、脂肪注入豊胸術に関しては反対の意見だったのですが、そのすぐ後の2009年に、その論調が和らぎ、有効性を認めるに至りました。理由は、乳がん診断の技術的進歩によって、脂肪注入による石灰化やしこりの所見が、悪性のガンと区別ができるようになったためです。しかし、問題とされたのは、テクニックの問題です。つまり、バッグプロテーゼの代りに、脂肪を押し込むといったコンセプトのもとで、1か所から同じ場所に、一気に脂肪を押し込むという、問題を多発させたテクニックは、論外のものだと言えるでしょう。また、Colemanらの、Structural fat grafting(和訳すると、「構築的脂肪移植」)という方法が発表されたことも、アメリカ形成外科学会の論調を変化させる大きなきっかけの一つとなったことでしょう。
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この、Colemanらの論文の内容と言うのは、私も以前、原著を読んだことがあるのですが、以下の点に要約されるものでした。
1)脂肪注入の際には、乳腺内には注入しない。
2)注入する脂肪は、0.2ccづつの小さな塊として注入する。
3)注入する組織は、乳房の脂肪層を主体とする。
と、言ったものです。
特に、2)の、「注入する脂肪は、0.2ccづつの小さな塊として注入する。」ということが、特に大切なことだと思います。
脂肪吸引で取り出された脂肪組織は、細胞が生きていくために必要な、酸素や栄養を受け取るシステムから、切り離されているわけです。そのような組織を、体の他の部分に注射するということは、注射をされた側の組織から、注射された組織への酸素や栄養を受け渡すシステムが存在しないということです。脂肪組織が通常の状態で生きていけるのは、血管やリンパ管などの、酸素や栄養を効率よく供給するネットワークの中に存在するからなのです。しかし、一度取り出された脂肪組織は、これらのネットワークから外され、注射されているのです。そして、注射されたところでは、すぐにそれらのネットワークには組み込まれず、ただ単に接触しているにすぎません。一般の臓器移植のように、血管をつなぎ合わせているわけではないのですから、当然と言えば当然のことです。
では、注入した脂肪は、どうしてそこに残るのでしょうか?
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注入された脂肪は、酸素や栄養を「効率よく」供給するネットワークの中には、組み込まれていません。しかし、効率の悪いシステムも、人体には存在します。それは、注入された脂肪組織の周囲の組織から、酸素や栄養がしみ込むというメカニズムです。効率の悪いシステムですから、当然、注入された脂肪全てを養うことはできません。そこで、脂肪細胞の死滅と吸収が起こるのです。しかし、一部の脂肪は、この、効率の悪いシステムの中で生き残ります。その後、人体の再生能力によって、通常の酸素や栄養を効率よく供給するネットワークに組み込まれて行くのです。
ここで、効率の悪い、周囲の組織からしみ込むメカニズムの中で、いかにたくさんの脂肪を生き残らせるかということが、生着率アップのカギになります。周囲からしみ込むということは、周囲とできるたけたくさんの接触面積があるほうが有利です。そこで、注入の際には、「小さな塊として注入する」ことが大切になるのです。
では、大きな塊として注入すると、どうなるでしょうか?もうお分かりかと思いますが、しこりを残します。そのしこりは、正常な脂肪組織とは似ても似つかないもので、時として石灰化を伴い、乳がんの石灰化と紛らわしいものとなります。
大きな塊として注入された脂肪が、その後、どのような状態になるかと言うと、大きなしこりとして残ります。たしかに、その分はバストの大きさが出るのですが、変形や硬さを伴っており、はっきり言って、美容整形・美容外科の手術結果としては許されざるものと言えます。形だけなら、シリコンバッグを使用して、不幸にして拘縮によって硬くなってしまったバストのほうが数倍、ましでしょう。
これまで、私は、他院での脂肪注入豊胸の修正を幾度となく手がけた経験があります。ある症例では、拳の大きさのシコリとともに、ゴルフボール大のシコリが数個、存在していました。当然、バストは不自然な形に変形し、左右差も著明でした。腋の下の、目立たないところを切開してそれらを取りだしたのですが、患者さんのバストは、元の状態よりも小さく、垂れ下がった状態で治癒しました。
しこりですが、ほとんど全て、中身は驚くべき状態になっています。まず、その一番外側は、硬く分厚い瘢痕組織に取り囲まれています。そのすぐ内側には、石灰化によって、たくさんの砂利のようなものが出てきました。さらに内側には、死滅した脂肪細胞から流れ出た、大量の黄色い脂肪の液体が、直径1cmほどの多数の袋の中と、その周囲に充満しています。
このしこりの内部構造から推測されることは、
1)注入された脂肪のうち、周囲の脂肪組織は、栄養や酸素を受け取って生き残った。
2)そのすぐ内側は、脂肪組織が死滅したのだが、吸収され、瘢痕組織に置き換わった。
3)その内側の脂肪組織は、死滅しても吸収されていくのが間に合わず、変性してしまって、異物となってしまった。
4)異物となった脂肪組織は、強い炎症反応を惹起し、それが元で石灰化が起こった。
5)もっと内側に関しては、炎症反応さえも及ばずに、変性した状態で、異物として体内から隔離された状態で残った。
ということです。
バッグプロテーゼ
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大きな塊で注入された脂肪は、前述のように、無残な状態で残り、まさにバストを破壊すると言っても過言ではありません。これでは、注入した脂肪が全て吸収されてしまったほうがマシです。
では、小さな塊として、できるだけバラバラに、いろいろな層と場所に注入された場合(Colemanらの方法)は、どうなのでしょうか?この方法は、Colemanが2007年に論文発表する前から、イタリアのDr Giorgio Fischerが「米粒大脂肪注入」として、また、私自身も「0.1mlづつの脂肪注入」として、提唱していた方法です。
このように注入された小さな塊の脂肪は、前述の大きな脂肪の塊と違い、シコリを形成しません。なぜなら、前述の、大きなしこりの内部構造から導き出した5つの推測のうち、1)と、よく起こったとして2)までしか発生しないからです。それは、「3)その内側の脂肪組織」というものが、米粒の大きさや0.1~0.2ccのサイズの注入脂肪には存在しないからです。つまり小さなサイズの塊は、生き残った脂肪と、吸収された脂肪の後に残された瘢痕組織になるということです。
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このように、小さな塊でバラバラにいろんなところに注入すれば、比較的安全で、シコリに悩まされることのない脂肪注入豊胸術ですが、実際にはどの程度の効果が望めるかが、皆さんの関心ごとだと思います。
まず、注入可能量ですが、患者さんの体格・元の乳房の大きさ・授乳済みかどうか、などによります。皮膚が硬くて伸びが少なく、注入した脂肪に圧力がかかりやすい日本人の場合、
アンダーバストが65cmくらいでは、片胸につき150cc から200cc
同じく70cmで、片胸につき200ccから250cc
同じく75cmで、片胸につき250ccから300cc
以上が、安全に注入できる限界だと考えています。安全に注入できるとは、石灰化を伴うシコリなどを残さずにと言う意味です。
狭いところに、あまりに大量の脂肪を注入すると、脂肪の塊同士が接触する可能性が増加します。塊同士が接触すると、それは、大きな塊になるのと同じことです。そうなると、シコリの発生率が増加してしまいます。したがって、大量の脂肪を一度に注入する方法は、たとえ小さな塊にして注入するにしても、避けなければなりません。小さな塊同士が接触して、やや大きめの塊になっても、最初から大きな塊を注射するのとは違って、バストを変形させるほどの事はありませんし、表面から触れるほどのシコリにはならないかもしれません。しかし、マンモグラフィーなどを撮影すると、しっかりとシコリが映ることになります。
現在、一度の手術で大量の脂肪を注入しているクリニックがありますが、これらのリスクを説明していない場合には、早晩、クレームの嵐になることでしょう。
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次に、「注入した脂肪のうち、何%が残るのか? 」といった点です。ここが、皆さん最も知りたいところでしょう。正直に言って、安全性を考慮した、このような小さな塊でいろんな場所・層に注入する方法を採用しても、注入した脂肪の、約30%から40%しか残りません。つまり、200cc注入したとすると、60から80ccしか残らないのです。この量は、だいたい、ブラジャーの通常のパッドの1枚分強です。したがって、脂肪注入豊胸術は、あくまでも脂肪吸引のリサイクル法でしかなかったのです。
「注入した脂肪の半分以上残ります」「約70%残ります」などと言っているクリニックがあります。大きな塊で、一気に注入すれば、それくらいの体積は獲得できます。また、アンダー65cmの人に、300ccもの脂肪を注入すれば、200cc分くらいは残ります。しかし、その体積は、正常な乳房の脂肪組織ではなく、シコリの体積であることは、賢明な皆さんなら、もうすでに分かっていると思います。
では、シコリを残さずに、脂肪注入で、ブラジャーの2カップ以上のサイズアップは無理なのでしょうか?そこで登場するのが、幹細胞です。
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人体と言うものは、さまざまな種類の細胞が集まってできています。それらの細胞は、臓器によって種類が違い、たとえば肝臓なら肝細胞、骨なら骨細胞といった具合に、それぞれの臓器にそれぞれの細胞の種類が存在します。これらの細胞を結び付けているのは、細胞間物質(細胞間マトリックス)と呼ばれるものです。
幹細胞とは、これら、臓器ごとの種類に分かれる前の、いろいろな種類の細胞になることができる細胞の事です。幹細胞は、いろいろな臓器や血液の中など、臓器の主となる構成要素の細胞に混じって、人体の全身に存在します。その中でも、脂肪組織にはほかの臓器よりも大量に、この幹細胞が含まれています。
したがって、脂肪吸引を行い、吸引した脂肪組織から幹細胞を取り出せば、たくさんの幹細胞を分離できます。この幹細胞を、別にしておいた脂肪と混合して、脂肪注入に使用するのが、幹細胞併用脂肪注入です。この幹細胞脂肪注入によって、脂肪注入の生着率(注入した脂肪が吸収されずに残る率)が、飛躍的に向上しました。現在では、多くの報告で、平均80%とされています。