フランスで、豊胸バッグ使用禁止。

2019年4月、フランスにて、ある種の豊胸バッグに対して、禁止措置が取られた。この禁止措置だが、「製造、販売、輸出入、販売促進、使用」を禁止という、メーカー・輸入業者・医師、すべてを巻き込んでのもの。理由は、未分化大細胞型リンパ腫(ALCL)との関連性が認められたためというもの。


https://www.afpbb.com/articles/-/3219364

禁止措置が取られたのは、テクスチャード・タイプという、表面がザラザラのシリコンバッグと、ポリウレタン・バッグ。これらは、フランスでは豊胸目的の手術では主流となっているバッグです。表面がツルツルのスムースタイプのバッグは、これまで通り、禁止にはなっていません。したがって今後、フランスの患者さんは、スムースタイプのバッグで豊胸術を受けることになります。

そこで、どうして、このテクスチャード・タイプとポリウレタン・バッグが主流だったのかということですが、これらは術後のマッサージが簡便だったことによります。これらのバッグを使用した豊胸術では、術後の拘縮を防ぎ、バストが硬くなるのを防ぐためのマッサージを、痛みの残る術後早期から始める必要がなく、その後も、頻回かつ強いマッサージは不要とされています。それに対してスムースタイプの場合には、バストの柔らかさを保つために、バッグの外側に広いスペースを保持する必要があるため、術後1週間程度の、未だ手術の痛みが残る時期から、癒着を防ぐように、強い力で、マッサージを頻回に行う必要があります。この両者の違いは、バストの柔らかさを保つための理論的な差が存在することによります。

テクスチャード・タイプとポリウレタン・バッグは、その表面に細かな凹凸があります。そして術後の治癒過程で、その凹凸に沿って組織が侵入して、周囲の組織とバッグが一体化することで、拘縮を防ぎ、柔らかさを保つという原理の下、手術が施行されます。したがって術後早期には、圧迫で周辺組織をバッグに密着させ、むしろマッサージは禁止されます。さらに、術後のマッサージは、簡便でソフトなものになります。特に、ポリウレタン・タイプの場合、マッサージを特に必要としないにもかかわらず、高度の拘縮の発生率が非常に低いことが特徴です。

これに対してスムースタイプの場合には、柔らかさを保つために、バッグの外側に十分なスペースを確保することによって拘縮を防ぐという原理です。 これは、バッグを挿入した際のポケットが、自然の創傷治癒過程で癒着して狭くなってくるのを、挿入したバッグをマッサージで動かすことによって、妨害する、または、癒着しかけたところを剥がしてやる必要があります。したがって、マッサージは術後早期から開始し、強い力を加える必要があるのです。そして、マッサージは、仕上がりに重要な意味を持っています。

今後、フランスでは、バッグによる豊胸手術を受ける際には、術後のマッサージに伴う痛みを覚悟の上に、決断する必要があるということになります。

ところで、フランスでテクスチャード・タイプという、表面がザラザラのシリコンバッグと、ポリウレタン・バッグが禁止されたわけですが、これらのバッグを使用した豊胸術との関連性があるとされたのが、この、未分化大細胞型リンパ腫(ALCL)。これは、簡単に言えばリンパ腺の癌で、悪性リンパ腫の一種。乳腺や乳管の癌である、所謂乳癌とは違います。そしてこの中でも、豊胸バッグに関連するのは、(ALK) negative の型。とは言っても、何のことだか分かりにくいかもしれませんが、とにかく非常に稀な癌であるということです。

悪性リンパ腫の、日本での年間発生数は、2016年度で34,240人とされています。癌全体の中では、3.4%です(厚労省全国癌登録 https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000468976.pdf )。その中で、 
未分化大細胞型リンパ腫は、10%から15%とされています。つまり、癌全体のうち未分化大細胞型リンパ腫は、0.3ないし0.4%と、珍しい癌であるということができます。

一方、豊胸手術・豊胸バッグとの関連性ですが、アメリカの医師会誌では、関連性ありとしています。全米での、バッグによる豊胸術を受けた患者数は、約30万人。単純に、10年で約300万人ですが、これらの中には重複するケースもあるので、やや少なめと見たほうがいいかもしれません。そしてバッグによる豊胸術を受けた人の中で、未分化大細胞型リンパ腫を発症した人は、10年間で95人とのことです。豊胸バッグでの豊胸術を受けた患者数を、かなり少なく見積もって10年間で100万人としても、発生率は0.01%と、かなり低いです。しかし、これら95人は、症状が胸部に限定していることから、関連性を認めたのではないかと思われます。
JAMA Surg. 2017 Dec 1;152(12):1161-1168. doi: 10.1001/jamasurg.2017.4026. Breast Implant-Associated Anaplastic Large Cell Lymphoma: A Systematic Review. 

そしてこれは、2019年の1月に出版された論文で、経験症例は11例と少ないのですが、バッグのうち、不明な例を除けば、すべてテクスチャードタイプだったとされています。これは、中身がシリコンであれ、生理食塩水であれ、関係ないとのこと。今回のフランス政府の決定は、この論文が決定的な根拠ではないかと思われます。
Breast J. 2019 Jan;25(1):69-74. doi: 10.1111/tbj.13161. Epub 2018 Dec 6. Breast implant-associated anaplastic large cell lymphoma: Clinical and imaging findings at a large US cancer center.

では、この豊胸バッグに関連した未分化大細胞型リンパ腫の症状は、どのようなものでしょうか。前出の論文や、他の論文を紐解くと、その多くが、セローマという、バッグの周辺に浸出液が溜まり、バストが腫れあがって変形するというものです。そして、それが発生するのが、術後平均10年以上経過してからです。さらに、どうしてテクスチャード・タイプに好発するかという理由ですが、バッグのザラザラとした表面が、長い年月の間、周辺の組織を慢性的に刺激して、それが軽度の炎症を惹起し、異物反応も加わって、リンパ球の遺伝子に変異を起こすためではないかとのことです。


未分化大細胞型リンパ腫 による、セローマの症状
Proc (Bayl Univ Med Cent). 2017 Oct; 30(4): 441–442.Breast implant–associated anaplastic large cell lymphoma

以上をまとめると、

  • 未分化大細胞型リンパ腫は、豊胸術を受けた患者さんの間でも、非常に稀な発生率でしかない。
  • 表面がツルツルした、スムースタイプのバッグを使用している場合は、問題はない。
  • 表面がザラザラのバッグで豊胸術を受けて、術後何年も経ってから、片方のバストだけが腫れあがってきたら、未分化大細胞型リンパ腫ではないかと疑って、治療を受けるべきである。

ということです。

但し、フランスの当局も、現在既に手術で埋入されているテクスチャード・タイプのバッグを、予防的に取り出すことは、推奨していません。