手術の概要

腋の下または、乳房の下から切開を行い、大胸筋の下または、乳腺の下に、バッグを挿入するスペースを作成し、バッグを挿入します。挿入するバッグの大きさによって、バストサイズが決まります。麻酔は、手術の範囲が広いため、全身麻酔や硬膜外麻酔などが主流になります。

準備・麻酔・消毒

  • 立位または座位で、切開線とポケット(バッグを挿入するためのスペース)の大きさや位置を、胸部にデザインします。
  • 手術台に横になり、 点滴を確保してから、麻酔を開始します。この際、全身麻酔の場合には、マスクを顔に当て、眠くなります。硬膜外麻酔の場合には、背中から麻酔を施します。その際、鎮静薬の投薬を行う場合があります。
  • 手術する胸の部分を消毒します。消毒範囲は、首からヘソまでが標準的です。腕も、肘のあたりまで消毒するのが、一般的です。

手順(腋に切開線を置く場合)

  • 切開線に沿って、血管収縮剤または、血管収縮剤入りの局所麻酔を注射し、皮膚を約4㎝ほど切開します。
  • 皮膚を切開したら、適宜止血操作を行いながら、鈍的に皮下組織を剥離していき、大胸筋の外縁を確認します。
  • 大胸筋の上、または下に、バッグを挿入するためのポケットを作成します。大胸筋の上の場合には、筋膜の上を剥離する場合と、筋膜と筋肉そのものの間を剥離する場合があります。
  • ポケットの広さは、少なくとも、バッグの直径+2から3㎝とします。
  • 剥離操作そのものは、内視鏡を使わない限りは、途中から術野が見えなくなり、手先の感覚だけが頼りの操作( 盲目的操作 )になります。
  • ポケット作成の層が筋膜の上の場合、術中・術後の出血や、術後の浸出液が少ないという利点がありますが、乳腺と大胸筋の間の、柔らかい脂肪組織の中にポケットを造ってしまうと、出血が多くなるので、注意が必要です。
  • 筋膜の下の場合、術後の出血や滲出液の貯留が多くなる傾向があります。したがって、ドレーン(血液などの体液を抜く管)の挿入が必須となります。尚、腋からアプローチするバッグを挿入する豊胸手術の場合は、どの方法であっても、念のため、ドレーンを挿入することが多いようです。
  • バッグを挿入し、切開創を縫合します。ここまでの手術時間(切開開始から縫合まで)は、当院では約一時間です。
  • ドレッシングとして、圧迫が加わるようにした、専用のベストを着用します。

手順(アンダーバストを切開する場合)

  • 腋からの切開同様、切開線に沿って、血管収縮剤または、血管収縮剤入りの局所麻酔を注射し、皮膚を切開します。
  • 約4㎝ほど皮膚を切開したら、止血操作を行いながら、鈍的に皮下脂肪組織を剥離していき、筋肉の層を確認します。
  • 筋肉の上を、術前のデザインに沿って剥離して、バッグを挿入するためのポケットを作成します。ポケットを作成する層は、筋膜の上の場合と、下の場合があります。
  • ポケットの広さは、腋からのアプローチ同様、少なくとも、バッグの直径+2から3㎝とします。
  • アンダーバストからの手術の場合、作成したポケットの中を、直接目で見て確認できるため (直視下手術)、内視鏡を使用することは稀です。筋膜の上の剥離の場合も、乳腺と大胸筋の間の柔らかい脂肪組織の中にポケットを作成してしまうことは、稀です。
  • バッグを挿入し、創を縫合します。
  • その際、必要に応じて、ドレーンを挿入します。
  • 専用のベストを着用して、圧迫を加え、終了です。

術後

  • 翌日から3日目くらいで、ドレーンを抜きます。
  • 術後約1週間目に、抜糸を行います。
  • スムースタイプのバッグを使用した場合には、まだ痛みがある、この時点からマッサージを開始します。マッサージの方法は、手術で作成したポケットの中で、バッグを上下左右に強く動かします。ポケットが狭くなるのを防止し、拘縮を予防するためです。
  • テクスチャード・タイプの場合には、術後約2週間後から、バッグを動かさず、押しつぶすようなマッサージを行います。
  • マッサージを行う期間は、最低でも術後3カ月間。その後は、1日に1回は、マッサージをすることが推奨されます。

 

使用するバッグ

表面の形態で分けると、表面がツルツルしたスムース・タイプと、ザラザラしたテクスチャード・タイプの2種類になります。どちらも、材質はシリコンゴムです。ポリウレタン・バッグというのは、術後のカプセル拘縮がないと言われて、海外で頻用され、国内でも一部のクリニックで使用されています。これは、ポリウレタンというプラスチックの一種で作った、薄いスポンジでバッグを包んだもので、テクスチャード・タイプの一種と考えていいと思われます。

バッグの中身は、現在使用されているものは、ほとんどがシリコンジェルです。過去には、1990年代にアメリカで、シリコンジェルが入ったバッグの使用が禁止されたのを受けて、様々な中身が開発されました。具体的には、生理食塩水・トリグリセリド(大豆油)・ハイドロジェル(PVC,CMC)・コヒーシブシリコンなどです。しかし、2000年代に入って、シリコンジェルの入ったバッグの使用が、米国でも解禁されたため、これらのバッグは生理食塩水を除いて、マーケットから姿を消しました。


使用する器具

スタン式モノポーラー・フォーセップス
電気メスのうち、止血に使うバイポーラ・フォーセップスを、切開に使うモノポーラー・モードで使えるようにしたもの。切開と同時に止血を行え、出血点を素早く止血できる。そのことで、術中・術後の出血量が少ないとされ、術後のドレーンの挿入を省略できるというのが、セールスポイント。但し、これらの特徴をフルに生かすには、アンダーバストの切開か、乳輪周囲の切開からのアプローチで、直視下(実際に目で見て行う)手術の必要がある。

ブーメラン・ディセクター
読んで字のごとく、先端がブーメランのような形状をした器具。腋からのアプローチの時に、バッグを挿入するポケットを作成するのに使用する。主に、大胸筋下に作成したポケットを拡張するときに、使用される。曲がり角度の強い、強弯タイプと、曲がり角度の弱い、弱弯タイプがあり、ポケットの中の位置や、用途によって使い分ける。

ティッシュー・エキスパンダー
日本語では、組織拡張器。皮膚や皮下脂肪を拡張させるのに使用する。構造は、シリコンでできた袋状の器具で、皮下などに、手術で埋め込んで使用する。埋め込んだ後は、数カ月から半年かけて、中に少しづつ生理食塩水を注入していき、少しづつ膨らませる。十分に膨らんだところで、手術でバッグに交換する。一般的に、バッグの体積に対して、2倍から3倍の体積になったところで、交換手術となる。元々、乳癌治療のために、皮膚や皮下組織を切除され、バッグを挿入するための十分なスペースと、バッグを包むための十分な皮下組織が確保できない場合に、使用される。美容的な豊胸術にも応用可能で、手術は2回に及ぶが、それぞれの術後の手術そのものの痛みと、マッサージの痛みが大幅に軽減されることと、拘縮率が低くなるとされている。


拘縮について

カプセル拘縮は、バッグ挿入による豊胸術の、最大の副作用・合併症です。症状としては、乳房が硬くなることです。これは、人体の正常な反応が、行き過ぎた結果ということが言えます。異物が挿入されると、人体の仕組みとして、それを排除しようと反応します。この、排除の一つの方式として、排出できないものを、人体の中で隔離することになります。しかし、人体の奥深くに異物が挿入された場合には、排出できないので、この、隔離がそのままになります。隔離の方式は、コラーゲン繊維を主体とする膜で、挿入された異物のを包むという方式です。この膜のことを、カプセルと言います。このカプセルが分厚くなって、それが縮んでしまい、中身の異物を締め付けることを、拘縮と呼びます。豊胸も場合には、特に、カプセル拘縮と呼ばれます。このカプセル拘縮が発生すると、バッグがバストの中で動かなくなり、押したときに、バッグの中の圧力が逃げるところがなくなるため、乳房が硬くなります。進行すると、カプセル自体にも、その厚さに伴って、弾力性がなくなり、ますます乳房が硬くなります。さらに進行すると、カプセルは、その表面積を最小にしようとするため、球状になろうとします。その結果、バッグも球状に変形して、バストはボールのように丸く球体状に変形します。そしてさらに進行すると、皮膚に穴を開けて排出しようとするため、痛みが出てきます。このような、バストのカプセル拘縮は、程度によって、4つに分類、ランク付けされています。

カプセル拘縮の分類

  • 一度:拘縮なし
  • 二度:医師・患者の、どちらかが拘縮を感じる
  • 三度:医師・患者の双方が、拘縮を感じる
  • 四度:変形

通常は、1度と2度は、治療の対象としません。特に治療はせず、経過観察となります。3度の場合には、カプセルを切って拘縮を解除し、ポケットを拡げる手術を行います。その際、同時に小さめのバッグに入れ替える場合が多いようです。4度の場合には、患者さん自身の体質的な要素が大きいものです。カプセルの石灰化を伴うことも、多く見られます。基本的な治療方針は、三度と同じです。しかし、体質的な要素が大きいので、拘縮の再発率も高くなります。したがって、4度の患者さんは、脂肪注入など、他の手術に切り替えることを、お勧めしています。

このような、副作用・合併症というのは、頻度と重大性で、評価すべきことです。頻度が低くても、生命の危機に関するような重大性があれば、リスクは高いと言わざるを得ないし、頻度が高くても、治療の必要がないようなものなら、リスクは低いと言えます。一般的に、カプセル拘縮は、頻度が高く、重大性は中間と言えます。では、このカプセル拘縮の発生率は、どのくらいかと言うと、3度以上のカプセル拘縮の発生率は、年間1%づつ増加していくようです。つまり、術後一年以内に発症する人は、全患者数のうち1%。2年目の1年以内に発症する人は、2%に増加。3年目になると3%といった具合です。すると、3年以内にカプセル拘縮が発症するのは、1+2+3=6%ということになります。4年目で4%ですから合計10%。4年以内にカプセル拘縮が発生するのは、10人に一人程度と言えます。このように、術後の期間が長くなれば長くなるほど、カプセル拘縮の発症率は増加します。つまり、約半数の患者さんが、10年以内にカプセル拘縮を発症します。

乳房のマッサージは、バッグでの豊胸術の術後に、カプセル拘縮の発症をできるだけ防止するために、必要です。現在のスムース・タイプのバッグの場合、マッサージの方法は、手術で挿入されたバッグを、力を入れて上下左右に動かします。手術時に作成されたポケットを押し広げることで、広く保つことが目的です。マッサージを開始するのは、術後できるだけ早期がいいのですが、一般的には術後1週間目からの開始が推奨されます。ただし、この時期はまだ、術後の痛みがあり、マッサージをする際には、痛みに耐えていただく必要があります。マッサージの頻度はできるだけ高頻度が良いのですが、少なくとも朝晩、片胸15分ほどかけて、施行します。このような強いマッサージを、術後、最低3か月間は毎日、行っていただきます。その後も、1日に1回は、マッサージが必要となります。