目次
結論:ダメじゃないです。
去る4月25日に、ジェルによる豊胸術が禁止されたというニュースが駆け巡りました。そのため、豊胸術を受けようとしている、あるいは、豊胸術を受けた人々の間で、ちょっとした騒ぎになっているという話を、耳にしました。そして、その中で、ヒアルロン酸での豊胸も禁止なのかという質問もいただいています。そこで、それに対する答えですが、ヒアルロン酸での豊胸は、禁止ではありません。
確かに、ヒアルロン酸も、見かけ上はジェルです。しかし、ヒアルロン酸は、「吸収性」のジェルです。禁止されたジェルは、「非」吸収性のもので、アクアリフト(現在 アクティブジェル)、アクアフィリング、アクアジェルなどです。
なぜ、このような誤解が生じたのか?
かなり昔に、EU(ヨーロッパ)で、ヒアルロン酸での豊胸が禁止されたためです。そして、アメリカでは、そもそもヒアルロン酸での豊胸が、認められていないからです。そこで、それらを覚えていた人たちからの情報が、今回のジェル禁止令と相俟って、ヒアルロン酸豊胸禁止との誤解が、独り歩きしたものと考えられます。
ヒアルロン酸にも種類がある。
そこで、ちょっとヒアルロン酸についての、専門的な知識を解説しておきます。ヒアルロン酸というのは、皮膚だけでなく、様々な臓器に含まれている、体内物質です。そして、その医薬品としての用途も様々です。注射薬もありますし、目薬もあります。飲み薬と言うか、サプリメントにも、ヒアルロン酸を主成分としたものがあります。豊胸に使用されるものは、これらのうち、勿論、注射薬です。この注射薬ですが、これまた用途に応じて、ヒアルロン酸の架橋度に違いがあります。架橋度というのは、ヒアルロン酸の分子同士が、どの程度の本数の手で、お互いを繋ぎ止めているかということです。たくさんの本数でお互いに手をつないでいれば、架橋度が高いと言います。簡単に言えば、ヒアルロン酸の硬さということです。架橋度が高ければ、硬く、吸収が遅い傾向にあります。整形外科で膝に注射するヒアルロン酸や、眼科の手術の時に使用するヒアルロン酸は架橋度が低く、すぐに吸収されてしまうタイプです。しわを盛り上げたり、皮下脂肪を盛り上げるのに使用するヒアルロン酸は、架橋度が高く、硬さがあり、ゆっくりと吸収されるタイプです。
そこで、豊胸のために注射するヒアルロン酸ですが、基本的に、しわやくぼみに注射するヒアルロン酸と同じものです。効果を長持ちさせるために、当然、架橋度を上げて、硬く作るわけです。しかし、硬く硬くしていって、硬くしすぎると、なかなか吸収されず、長持ちするのですが、今度は固体になって、注射できなくなってしまいます。そこで、硬くなった架橋度の高いヒアルロン酸を小さな粒にして、架橋度の低いヒアルロン酸に混ぜて、注射できるようにした製品が、主に使用されていました。つまり、2つの架橋度のヒアルロン酸を混ぜた製品です。これを、バイフェーズのヒアルロン酸と言います。それに対して、全体に適度な架橋度を持たせ、適度な硬さにして、注射できるにもかかわらず、吸収速度を調節したヒアルロン酸を、モノフェーズと言います。例えて言うなら、バイフェーズはタピオカミルク、モノフェーズがウィダーイン・ゼリーのようなものです。
「長持ち」を追求したその結果………。
ヒアルロン酸注射による豊胸術は、手術ではなく注射とはいえ、患者さんにとっては、その効果は長持ちしたほうが良いわけです。そこで、あるメーカーが、架橋度を極端に上げた、粒が大くて硬い、バイフェーズのヒアルロン酸を作りました。粒を大きくしたのは、大きな飴玉のほうが、なくなるのが遅いというのと同じことです。この製品は、瞬く間にヨーロッパじゅうを席巻し、一時は、豊胸と言えば、この製品といった具合になりました。また、医師のほうも、長持ちする注入法として、乳腺周囲に、ヒアルロン酸をできるだけ一塊にして注入し続けました。そうしているうちに、肉芽腫が多発し始めたのです。つまり、架橋度が限界を超えると、いかにヒアルロン酸であっても、人体が異物として認識したということです。これが、EU(ヨーロッパ)で、ヒアルロン酸による豊胸術が禁止された経緯です。
一方、アメリカの事情は・・・。
アメリカの医療業界に対する規制は、日本やEU(ヨーロッパ)とは少し違っています。日本やEUでは、禁止物質でなければ、医師の裁量で使用することができます。しかしアメリカでは、FDAに届けて行う治験以外は、承認された医薬品や医療機器・器具以外は、使用してはいけないことになっています。つまり、「禁止じゃなければ使ってよい」という、ネガティヴ・リスト方式の日本やEUに対して、アメリカは、「許可のないものは使ってはいけない」という、ポジティヴ・リスト形式なのです。したがって、どこかのメーカーが、治験データをまとめて、FDAの承認を取らないことには、そもそもヒアルロン酸注入による豊胸自体が、医療行為として存在しえないということです。よって、「認められていない」という言葉の意味合いも、アメリカと日・欧では、異なった意味を持ちます。アメリカでは、 「認められていない」 =「禁止」で、日・欧では、「認められていない」=「容認」なのです。
では我が国、日本では?
前述したように、日本はネガティヴ・リスト方式(禁止じゃなければ使ってよい)規制の国です。禁止されたのは、ヒアルロン酸ではなくて、アクア・フィリングとアクア・リフトですから、ヒアルロン酸を注射する豊胸術は、現状、施行そのものに法的な問題はないということになります。
また現在、豊胸に使用されるヒアルロン酸のほとんどは、架橋度が極端に高くないバイフェーズか、モノフェーズの製品が、主流として医療機関向けに輸入されているようですので、肉芽腫の心配も要らないと考えられます。