概要
ジェル状の物質を乳房に注射して、豊胸効果を出します。旧くは、液状シリコン・パラフィン・オルガノーゲンなどが使用されていました。現在は、ヒアルロン酸・アクティヴジェル(旧名アクアリフト)・アクアフィリングなどが使用されます。
準備・麻酔・消毒
- 立位または座位で、注射針や注入用のカニューレを挿入する位置を決めます。同時に、ジェルを注入する範囲を、胸部にデザインします。
- 手術台・処置台に横になり、手術する胸の部分を消毒します。消毒範囲は、首からヘソ上までが標準的です。
- 必要に応じて、局所麻酔をします。
処置手順
- 術前のデザインに沿って、乳房にジェルを注射します。
- 注射の穴にガーゼなどを貼って、処置が終了します。
術後
- 当日の入浴は禁止。シャワーは翌日からという場合が多いようです。
- 本格的な入浴の開始は、術後3日から1週間で許可されます。
- 術後の腫れは軽度で、痛みも殆どありません。
- 術後1ケ月を経過するまでは、バストへの強い刺激を避けていただきます。
注射処置という安易な認識
バストへのジェルの注射によって、豊胸効果を獲得するという方法は、その他の豊胸術よりも、ずっと長い歴史があります。しかし、注射する物質は、どんどんと変化してきました。但し、それらの性質に合わせた注入手技が、キッチリと守られてきたかと言うと、そうではないのが現実です。
注射だが、異物を入れることには変わりない
ジェルの注入と言うと、一般的には、普通にジェル状の薬液を注射して膨らませるというイメージがあるかと思います。たしかに、皮下に液体を注射すれば、その部分は体積を増加させて、盛り上がります。注射するところがバストの場合、バストが盛り上げる、つまり、豊胸効果があるということです。しかし、 アクアリフト・アクアフィリングなど の非吸収性のジェルの場合には、その部分に残り続けるということが前提になるため、注射器を用いるなど、形の上では液体の注射ではあるが、本質的には異物の挿入であるという認識を持つ必要があります。
異物に対する人体の反応
そこで、異物が挿入されたときには、人体はどのように反応するのでしょうか?反応の強弱はありますが、一般的には、異物を排除しようとします。この排除の仕方が、異物のサイズによって、異なっています。小さな異物は、貪食と言って、白血球の一種である貪食細胞によって、その中に封じ込められます。そして貪食した細胞とともに、あるいは直接、リンパ節や肝臓などの、網内系臓器に運ばれ、無毒化と代謝がなされます。次のサイズの異物は、貪食されつつも分解されずに 、網内系臓器、特にリンパ節などに、沈着します。マイグレーション(移動)の状態です。その次のサイズだと、貪食されつつも、不完全なままで、その場で残ります。いわゆる、グラニュローマ(肉芽腫)の状態です。さらに大きなサイズだと、貪食されずにその場に残り、周辺から隔絶されるように、主としてコラーゲンでできた膜によって、囲まれます。これが、カプセルの形成です。
このように、人体に埋め込まれた異物は、そのサイズによって、除去・移動・肉芽腫・隔絶の形態をとります。
バッグの挿入手術はOKなのはなぜか?
では、同じ「異物の挿入」なのに、どうしてシリコンのバッグを挿入するのはOKなのかという疑問が生じてくるかもしれません。それは、前述したとおり、バッグの異物としてのサイズによるものです。 シリコンのバッグの場合には、サイズが大きいため、周辺から隔絶された形で、カプセルによって取り囲まれるからです。このカプセルですが、拘縮を起こすと、バストの硬化や変形の原因になります。しかし、周辺組織から隔絶されているので、摘出が容易です。鼻や顎のプロテーゼも、こちらは拘縮はほとんど問題にならないのですが、同じ理由でOKです。つまり、異物を使用しても、除去・移動・肉芽腫・隔絶 のうち、隔絶に至るのであれば、さほどの問題はないということです。
異物を普通に注射することの問題点
ここで、アクアリフト・アクアフィリングの場合は、どうなのでしょうか?多くの場合には、注射で直接、注入されていると思われます。その場合、バストの組織の中で、圧力に対して弱いところに優先的に入っていきます。つまり、バストの膨らみかたが、注射手技そのものだけでは、形が不安定になるということです。そのため、注入後に、手で圧力を加えて、ジェルを移動させることになります。また、注射に伴っての、バストの膨らみかたを見ながら注入していたとしても、少量のジェルが、圧力に対して弱いところに潜り込んでいっています。そして、注入の途中で、バストの膨らみかたに不均衡が出ているのを見つけた場合、注入用のカニューレの方向を変えたり、挿入しなおしながら、注入する形となります。それはまた、ジェルの小さな塊を組織の中に作ってしまう結果となるのです。したがって、アクアリフト・アクアフィリングの場合は、通常の注射手技での注入を行うと、バストの組織の中に、ジェルの小さな塊を作ることが多く、前出の、移動や肉芽腫形成のリスクを増大させてしまうというわけです。そしてこれらが、バストの変形や、慢性的な感染の原因となってしまうのです。
バッグのように、一塊にして入れるべし
このように、アクアリフト・アクアフィリングを、通常の注射手技でバストに注入することは、その合併症を多発させる原因となります。では、どのようにすれば、アクアリフト・アクアフィリング を、合併症の少ない状態で使用することができるのでしょうか?それは、アクアリフト・アクアフィリングを注入する前に、バッグ挿入の時のように、注入するためのスペースを、あらかじめ作っておくことです。そうすれば、術直後に手で押してやる必要もなく、カニューレの方向を変えたり、挿入しなおしたりせずに済むことから、肉芽腫を形成するような小さな塊を残すことがありません。そして、注入されたアクアリフト・アクアフィリングは、そのままカプセルによって周辺組織と隔絶され、摘出が必要になったとしても、比較的容易に摘出できます。
アクアリフト・アクアフィリング の摘出
一塊で適切に挿入されている場合
前述のように一塊にして挿入されたアクアリフト・アクアフィリング は、摘出するときには、比較的容易です。しかし、それなりのテクニックと回復過程は、必要になります。特に問題ない状況での、実際の摘出の手順は、以下のようになります。
- 胸部の消毒
- アンダーバストから、カニューレを挿入する
- アクアリフト・アクアフィリングを、注射器で吸い出す
- アクアリフト・アクアフィリング が入っていたバストの内部を洗浄する
- カニューレ挿入口に、ドレーンを留置する
カニューレは、アンダーバストのしわに沿った箇所から挿入します。アクアリフト・アクアフィリング を挿入したのが、腋からであっても、摘出には、アンダーバストが有利です。それは、挿入箇所までの距離が短く、また、後述のドレーン挿入に、カニューレを挿入した穴が使えるからです。カニューレの太さは、挿入口の大きさの点からすると、細いものに越したことはないと言えます。しかし、 アクアリフト・アクアフィリング には、かなり強い粘りがあり、あまりに細いカニューレでは、摘出が困難です。そこで、挿入口の大きさをできるだけ小さくして、摘出がスムースに行えるカニューレの太さの言うのを検討した結果、凡そ10G~12Gの太さが最適と思われます。その場合、挿入口の大きさは、約3㎜くらいです。
バストにカニューレを挿入したら、注射器を取り付けて、アクアリフト・アクアフィリング を吸い出します。アクアリフト・アクアフィリング には、かなり強い粘り気があるため、かなり強い力で吸引する必要があります。したがって、この操作はある程度までにしておいて、注射器を付け替えて、生理食塩水を注入します。生理食塩水には粘り気がないため、容易に注入が行えます。この操作は、アクアリフト・アクアフィリング と生理食塩水を混合し、粘り気を少なくしていく操作です。アクアリフト・アクアフィリング は、所謂、吸水性ジェルというものですので、生理食塩水や注射用水を混ぜると、粘り気が低下して、吸い出しやすくなります。このようにして、アクアリフト・アクアフィリング の大部分は、取り出されることになります。
アクアリフト・アクアフィリングの大部分を取り出した後は、それらが入っていたところの洗浄を行います。肉眼的にすべてを取り出せたかのように見えても、
アクアリフト・アクアフィリング の細かい粒子が、バストの内部に残っているためです。さらに、異物に対しては、細菌が取り付きやすく、アクアリフト・アクアフィリングも例外ではないためです。洗浄の方法としては、抗生物質入りの生理食塩水を内部に注入し、マッサージを行ってから、再び吸い出すということを、繰り返します。この洗浄は、肉眼的に、吸い出した洗浄液が透明になるまで行います。
洗浄が終了したら、ドレーンの挿入を行います。これは、バストの内部に死腔を造らないようにするためです。死腔とは、中身が空っぽの、閉じた袋のことで、血液が溜まった場合には血腫、浸出液の場合にはセローマ、細菌感染が発生した場合には膿腫となります。アクアリフト・アクアフィリング 摘出で、一番気を付けるべきは、目に見えないくらいの異物としてのそれらが、バストの中に存在し、それが原因で細菌感染を起こすことです。したがって、摘出初期の死腔の形成は絶対に避けるべきことなのです。また、ドレーンを挿入しておくことで、これら異物が、浸出液とともに排出されるという側面もあります。ドレーンの挿入は、5日~7日行います。