バストの処置での、適切なカニューレ

成長再生豊胸の処置には、カニューレを使用します。カニューレとは、針(ニードル)とは違い、「硬さのある管」という意味です。一般的に、何かを注入する際、目的とする場所以外の組織に、注入物が入ることを防止するために使用します。美容外科・美容医療の分野では、脂肪吸引の他、ヒアルロン酸などのフィラーが、皮下組織以外の所、主に、血管に注入されることを防止する目的で、使用されます。フィラーではないのですが、成長再生豊胸の処置の際にも、カニューレを使用します。

脂肪吸引から始まった、美容外科でのカニューレの使用

脂肪吸引黎明期

美容外科でカニューレが使用され、カニューレと言う言葉が多用され始めたのは、脂肪吸引手術が始まってからです。それまでは、他科での使用は多くありましたが、美容外科において、普通に使うようになったのは、脂肪吸引が美容外科の手術として始まってからです。それは、1970年代と、約50年前にもさかのぼる事です。脂肪吸引においては、脂肪を採ってくるときに、出血をできるだけ少なく、そして麻痺などを残さないようにする必要があり、そのため、脂肪組織内の血管や神経へのダメージをできるだけ少なくすることが、必須です。実際に、現在の脂肪吸引手術の元となる、カニューレを使用する方法が確立される前までの方法では、悲惨な結末を迎えた症例が多発していました。そこで、脂肪吸引には、先端が丸いカニューレを使用することで、一応の安全性が確保されることとなり、現代に至っています。

脂肪吸引用カニューレの発展

しかし、一応、手術法として、概略が確立された脂肪吸引ですが、その後、改良が続きます。1980年代後半には、ツーメッセント法という方法が開発されました。これは、脂肪吸引に際して、カニューレによる吸引を開始する前に、注入用のカニューレを用意して、薄めた麻酔薬と血管収縮剤を皮下脂肪層に注入し、麻酔作用と同時に、止血作用と脂肪組織の膨化(膨らませること)を獲得しておいて、より安全に、多くの脂肪を吸引できるようにしたものです。しかしその後、1990年代に入ると、その方法の開発者のジェフリー・クライン医師は、より細く、先端の形状が特殊なカニューレを使用して、より安全に、より美しい状態(表面の凸凹を造らない)で、より多く脂肪を採取することを提唱しました。このことで、それまでの、比較的太く、そして先端が丸いだけのカニューレではなく、様々な形のカニューレが開発されるようになりました。そして、先端の形だけでも、それまでの丸型だけでなく、ロケット型、弾丸型、へら型、くざび型などが出てきて、今日に至っています。

カニューレが、ヒアルロン酸注入に用いられるようになった経緯

このように、脂肪吸引手術とともに発展してきた美容外科用のカニューレですが、その後、より細くなって、ヒアルロン酸などのフィラーの注入に使用されるようになってくるのです。

注入による美容外科の復権

脂肪吸引手術が、その方法と、使用する器具としてのカニューレの改良によって、現代まで進歩し続けている間に、フィラーも進歩してきました。特に1990年代初頭には、注入用コラーゲン製剤が開発され、それまで「注入治療を行うのは、古い、医学的知識の遅れた、藪医者だ。」とされていたのに対し、一気に状況が変化しました。そしてその後、注入用のヒアルロン酸の開発を経て、現在は、バイオスティミュレーターとしての様々なフィラーや、アガロースなどのフィラーが開発されています。フィラーを使用して様々なことが、手術によらないで実現できるというのは、ダウンタイムの面からすれば、患者さんにとっては喜ばしいことです。また、医師側としても、手術をせずに注入で済むということは、そのための麻酔を含めた安全管理・設備投資や、技術の研鑽が少なくて済むという面で、メリットがありました。そのため、フィラーの使用は爆発的に拡大し、症例も多くなりました。

ヒアルロン酸注入の適応拡大と、合併症

このような状況下、2000年代後半からは、フィラー注入、特に、いちばん多くの症例があるヒアルロン酸の注入による合併症が注目され始めました。
フィラー注入の合併症は、フィラーに対するアレルギー、注射による内出血、それらに伴う腫れなどがありますが、どれも回復可能なもので、頻度としてはある程度の発生があったとしても、重大性と言う点では、それほど重大ではありません。しかし、血管内への誤注入に伴う合併症は、そういうわけにはいきません。
2000年代後半から注目され始めたのは、この、血管内への誤注入による合併症です。フィラー自体は、その10年以上前の1990年代から使用され続けていたわけですが、当初は、皺を盛り上げるために、皮膚の中といった、浅い層への注入だったことで、血管の豊富な層への注入ではなかったため、血管内誤注入の発生頻度が少なかった、あるいは、なかったため、血管内誤注入は、合併症として表面化しませんでした。2000年代後半になって、この合併症が注目され始めた背景は、ヒアルロン酸をはじめとしたフィラーを皮下組織に注入して、ボリュームアップを行うことが、頻繁に行われるようになったためです。具体的には、鼻を高くしたり、頬をふっくらさせたり、唇を膨らさせたりといったものです。

合併症防止のために、カニューレを使用

皮下組織には、皮膚内や皮膚の直下よりも、太い血管が存在します。人体の構造上、ある程度までは、奥に行けば行くほど、血管が太くなります。特に動脈については、その傾向が顕著です。当然、ヒアルロン酸をはじめとしたフィラーの血管内誤注入についても、皮下組織に注射すると、その頻度や重大性が増加します。ヒアルロン酸をはじめとしたフィラー は、主に顔面に使用されますので、顔面での血管内誤注入による合併症が、主に注目されました。実際に報告された合併症は、静脈ではなく、どれも動脈内への誤注入によるもので、動脈がヒアルロン酸によって閉塞して、皮膚の壊死・失明・脳梗塞など、重大な結果を惹起したものです。そこで、これらの動脈内への誤注入を避けるため、皮下組織への注入に際しては、針ではなく、カニューレを使用するようになりました。

このようにして、ヒアルロン酸などのフィラーを皮下に注入するときには、カニューレが使用されるようになったのですが、それに使用するカニューレは、当然、脂肪吸引に使用するような太さのものではなく、23G(ゲージ)以下という、針と同じ太さのものです。そしてその細さから、先端は複雑な加工が不可能で、先端は丸いものになっています。カニューレの使用が普及してからは、動脈内への誤注入による合併症のリスクは、かなり低くなりました。そして、脂肪注入の際にも、動脈内への注入を避けるため、カニューレが使用されるようになりました。脂肪注入の際には、脂肪細胞やそれらが集まった粒が存在し、完全なジェル状ではないため、ヒアルロン酸などのフィラーとは違い、20ゲージ以上の太さのカニューレが使用されることが多く、当院でも、20Gまたは18Gを使用しています。

カニューレによる注入で、見落とされていること

以上、長々と、美容外科におけるカニューレのことについて、記述したわけですが、ここで、一般的に見落とされていることが、いくつかあります。その一つは、ヒアルロン酸などのフィラー注入の際のカニューレの使用は、あくまでも動脈内への誤注入減少を狙ったもので、一定の成功を収めたということです。そして2つ目は、顔面へのヒアルロン酸などのフィラー注入 に関しては、動脈内への誤注入が大きな問題になるが、ボディーの場合は、少し状況が違うというものです。

細いカニューレは、動脈には刺さりにくいが、静脈には刺さる

フィラー注入用のカニューレは、顔面への注入用に開発され、直径が細いということは、前述したとおりです。そして、それを使用することで、動脈内への誤注入防止には、非常に役立つものであるということも、前述しました。しかし、このカニューレはあくまでも顔面用で、しかも、動脈に刺さらないようにとの目的で開発されたものです。動脈は、壁が厚くて弾力性があります。したがって、細いカニューレでも、先端が丸ければ、かなり乱暴な操作を行わない限り、滅多なことでは動脈には刺さりません。しかし静脈は、動脈と比較して、壁が薄く、弾力性にも劣り、脆いと言えます。そして、臨床的にも、実験の上でも、細いカニューレは、静脈に刺さります。このことは、多くの症例報告が出てきています。では、どの程度の太さがあれば、静脈に刺さることを回避できるのかということです。それは、様々な文献からすると、20ゲージが一つの分岐点ということができます。つまり、20ゲージ以上の太さのカニューレであれば、静脈にも刺さりにくいということです。ではどうして、顔面への注入では、静脈への誤注入が問題にならないのかという疑問が生じると思います。それは、顔面の静脈にヒアルロン酸が注入されて、それが流れて行っても、動脈の場合と違って、皮膚の壊死や失明、脳梗塞などを起こさないからです。静脈は、その血流の方向にヒアルロン酸が流れていったとしても、動脈と違って、その先の血管の直径が太くなっています。さらに、顔面の静脈に注入されたヒアルロン酸は、静脈を伝って移動している間に、その量が少ないことも相まって、すぐに血液中のヒアルロニダーゼ(ヒアルロン酸を分解する酵素)によって分解され、希釈されてしまうからです。つまり、顔面へのヒアルロン酸をはじめとしたフィラーの注入では、静脈に対する誤注入は無視しても、動脈への誤注入が防止できれば良いということです。そこで、23Gや25Gといった、細いカニューレが用いられ続けているのです。

ボディーの場合は、動脈よりも、むしろ静脈のほうが怖い

では、ボディーの場合はどうでしょうか?実は、バストを含むボディーの場合にはまず、注入する薬液の量が、顔面とは比較にならないくらい大量です。もしも、それらが静脈に注射された場合には、点滴と違って、急速に血液の中に入って行き、あっと言う間に血液内の濃度が上昇します。そして注入された薬剤はすぐに、心臓の右心房から右心室に、そして肺に行き、その後は再び心臓に帰ってきて、全身に送り出されるということになります。注入された薬液が、ヒアルロン酸などのフィラーなら、量が多いだけに、顔面の時とは違い、分解や希釈は追い付かず、細い網目のような肺の血管に詰まり、呼吸不全を発症します。それが麻酔薬や血管収縮剤のようなものなら、中毒症状を発症し、不整脈や痙攣などを起こします。どちらにしても、生命にかかわる合併症です。したがって、ボディーの処置の場合には、あまりに細いカニューレの使用は避け、20ゲージ以上の太さのあるカニューレを使用して、静脈に対する注入を避けるべきです。実際、ツーメッセント法を発案し、より細いカニューレを使用することを提唱した、前出の ジェフリー・クライン医師は、ツーメッセント液(麻酔薬と血管収縮剤を希釈した液)をボディーの脂肪層に注入する際に用いるカニューレを、20Gよりももっと太い14Gとしています。これは、カニューレの強度の問題もさることながら、静脈内へのツーメッセント液の注入を避けるためであるとも言えます。

細いカニューレは筋肉にも刺さる

さらに、ボディーの処置で、20G以上のカニューレを使用する必要性は、20G未満の太さのカニューレは、筋肉にも刺さるということがあります。これは、ジェル状の物質、つまり、ヒアルロン酸などのフィラーであれば、大きな問題にはなりません。筋肉の中に、ヒアルロン酸が入って、次第に吸収されるだけです。問題なのは、麻酔薬と血管収縮剤です。麻酔薬と血管収縮剤を、筋肉注射する形になるからです。筋肉注射は、前述の静脈注射に次いで、薬剤の血中濃度を、急速に上昇させます。この場合も、中毒症状を発症し、不整脈や痙攣などを起こします。

成長再生豊胸の処置における、適切なカニューレの選択とは

以上から、成長再生豊胸の処置においては、静脈注射や筋肉注射を避けるために、顔面用の細いカニューレの使用を避けるべきということです。