太もも+膝+ヒップ

太もも・膝周り・ヒップの脂肪吸引を受けた、20歳代のモニターさんです。術後の写真は、約4カ月を経過した時点でのものです。
太ももの脂肪吸引については、表面の凸凹を作ってしまわない限りは、技術的にはそんなに難しいものではありません。しかし、表面の凸凹を作ってしまうと、比較的目立つ部分でもあるということができます。

特に太ももの前面は、太ももの他の部分と比較して、脂肪層が薄く、深い層の脂肪を採ったつもりでも、直径の太いカニューレで手術を行うと、確実に凸凹ができてしまいます。したがって、やはりカニューレの直径は2mm以下の、細いものを使用しなければなりません。また、脂肪層が薄いばかりではなく、太ももの他の部分と比較したときに、硬い脂肪であるということができます。この、「硬い」というのは、脂肪組織の中にたくさんのコラーゲンの繊維が網目のように入っていて、脂肪組織の形をしっかりと作っているということです。このような脂肪組織には、他に例えば「肩」「上腹部」といったところがあります。コラーゲンの繊維の密度が多く、硬い脂肪層に直径の太いカニューレを挿入するには、強い腕力が必要になります。そうすると、カニューレのスムースな前後運動が阻害され、脂肪吸引する層のコントロールや、吸引する脂肪の位置を正確に決定することができません。太いカニューレで太ももの脂肪吸引を行った場合というのは、皮膚の表面の凸凹を作ってしまう原因の一つでもあります。 

ところで、以前に記載した通り、脂肪吸引の合併症の中に、静脈血栓症というのがあります。術後、比較的太い静脈に血栓が発生して、それが流れていき、ついには肺の動脈に詰まり、呼吸不全を起こす病態です。この合併症の発生が最も多いのが、太ももの脂肪吸引です。この理由については諸説ありますが、いくつかの理由が関係していると思われます。 

まず一つ目は、解剖学的(体の構造)からくるものです。太ももを含んだ脚は、静脈の流れが、脂肪層から筋肉を貫いて、伏在静脈や大腿静脈、腸骨静脈などの深部の太い静脈に注ぐ形になっています。それらの太い静脈は、あまり曲がりくねったりせず、スムースに下大静脈に続き、右心房に帰ってきます。普段は重力の関係上、脳や上半身と違って、脚からの静脈血は心臓には戻ってきにくいものですから、静脈の流れができるだけ真っ直ぐになっているのは理にかなっていることなのです。しかし、このような脚からの静脈血のスムースな流れが、血液ばかりでなく血栓もスムースに流すことになり、血栓が心臓を通って肺にたどり着きやすいということにもなるのです。 

では、下腿静脈瘤などで血栓を作りやすいふくらはぎの方が血栓の発生も多く、太ももよりもリスクが高いということになりますが、実際はそうではありません。それが、第2の理由である、脂肪の吸引量の問題があるからなのです。ふくらはぎの場合、脂肪吸引の際には、足首まで手術をしたとしても、ふくらはぎが非常に太くて長い人でも、最大で1000㏄くらいの吸引量です。しかし太ももの場合、3000㏄の吸引量は決して稀なことではありません。吸引量が多いということは、それだけ静脈を含む皮下組織への刺激が強く、しかも広い範囲にわたっているということができます。このように、太ももの脂肪吸引は、ふくらはぎに比べて血栓を作る素地が強く、しかも広範囲にわたっているということができます。

そして第3の理由ですが、これは第2に理由でもある吸引量の多さと関係したことです。太ももの脂肪吸引の術後は、その吸引量の多さと手術範囲の広さから、他の部分に比べてどうしても痛みが大きい傾向にあります。正確には、吸引量と言うよりも手術範囲の広さからくるものです。
太ももの脂肪吸引の範囲としては、歩行時に屈曲・伸展を繰り返す関節を2つ含みます。股関節と膝関節です。さらに、太ももを含む「脚」は、起立・歩行時には体重を支えることになり、常に筋肉に力が入っている状態になります。これらのことからも、術後の痛みとそれに伴う運動制限は、腹部や二の腕などとは違って、比較的強いものとなるのです。そうすると、どうしても術後は、自分自身で歩行を制限してしまいがちになります。歩行をあまりに制限することは、静脈内の血液の流れが鬱滞しがちになり、血栓の発生素地になるのです。 

脚は、心臓よりも下の位置にあるため、構造的に、心臓に血液が静脈を通って帰ってきにくいところです。立ち仕事で脚がむくむのは、心臓に還りにくい静脈血の中の水分が、血管を構成している細胞と細胞の間から周囲の脂肪組織に漏れだし、そこを水を含んだスポンジのように膨らませてしまうからです。そこで、静脈血を心臓に返すのを助けているのが、いわゆる「脚のポンプ機能」としての歩行時の筋肉の動きなのです。歩行時に筋肉が収縮と弛緩を繰り返ことで、動脈から血液を吸い上げ、静脈に血液を吐きだし、静脈血の流れを強くします。さらに、この筋肉の収縮と弛緩の繰り返しは、静脈対してマッサージを加える作用もあります。そして、静脈にはところどころに逆流防止弁が付いていて、一度心臓の方向に押し出された血液が、重力によって再び脚の方に戻ってこないようになっています。このように、歩行するということは、脚の静脈血の流れをスムースにし、心臓に血液を還すのに重要な役割があるのです。だから、同じところでずっと立ちっぱなしの状態よりも、同じ時間だけ歩いている人の方が、むくみが少ないということもできます。 

このような、静脈血の流れをスムースにする「歩行」と言う動作を、脂肪吸引の術後に全く行わない状態になってしまうと、静脈血は静脈に中によどんでしまい、血栓を作ってしまうことが多くなります。流れの速い川や常に波を立てて流れている海は、気温が氷点下になっても凍りにくく、バケツに汲んでおいた水や流れのない池に氷が張りやすいのと同じです。水道管の中の水が凍らないように、北国の冬は、水道を出しっぱなしにします。これも同じ理論からです。静脈血栓症の発生が、太ももの脂肪吸引後に多い理由の一つは、術後に歩行を控えてしまうことも大きな原因であることが、お分かりかと思います。 

では、どのようにしたら、この太ももの脂肪吸引後の静脈血栓症のリスクを少なくできるのでしょうか?簡単に言ってしまえば、術後の痛みを少なくし、圧迫期間をできるだけ短くすることに尽きます。それは、以前にも書きましたが、血管や神経などの、脂肪以外の組織にできるだけダメージを与えないことです。そのためには、脂肪吸引にはしっかりと時間をかけて、できるだけ直径の細いカニューレを使用することです。そして、決してスポーツのように力を込めて手術をしないことと、カニューレの先端が振動するような器具を使用しないことです。これらのことを守らないと、脂肪吸引自体が成功しても、術後の痛みを軽くすることができないばかりか、出血量を増やし、術後の圧迫期間を長くすること、さらに、重大な事故を誘発することが多いからです。ここ10年くらいの脂肪吸引による死亡事故は、カニューレの先端が振動する器具を使用したり、スポーツのような乱暴なカニューレの運動により、腹腔内の腸管を傷つけ、腹膜炎で死亡に至った例が多発しているのです。脂肪吸引の合併症としての、腹腔内損傷と静脈血栓をできるだけ防止するには、やはり、できるだけ細いカニューレを使用して、丁寧に時間をかけた手術を行うに尽きるのです。